… 猫くんたちと のんびりまったり …                                              

時々、気持ちが カタン と落ちる…

なんなんだろ…

 

時々ね、気持ちが落ちるんですよ…カタン…と…

 

この現象はなんなんだろ…?

 

 

おはこんばんちは、

 

ひなた まど。です… 

 

 

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他人様の不調を拾っちゃうのでしょうか…?

 

 

最近スピリチュアル系のカウンセラーさんの動画をよく見るんです。

 

神様と交信できる人だったり、霊能者さんだったり…

 

ひと昔前なら 胡散臭い ってイメージでしたが、

 

時代が変わるとそういうことを言う人たちもナチュラルに感じます。

 

なまじっかウソや妄想で言ってるようにも思えないし

 

話も現実的だし理路整然としていてなるほどと思えるんですよね…

 

日本人的な観念で自分を引っ込めたり、相手に譲って生きていると

 

都合のいい人間にされてしまうだけだとか…

 

フムフムと聞き入ってしまいますよ…

 

でも、それ、ホント半世紀以上生きてきてツクヅク思いますもん、

 

譲れば譲った分、自分の権利は相手の権利の領域になってしまって

 

自分の身の置き所が狭くなってキュウクツになってしまったり、

 

ボンヤリ生きてると、力や数の原理でもってかれちゃったり…

 

なんだろ…

 

自分で自分の領域をシッカリと守らないといけないし

 

お人よし的に生きてると自ずと都合のいい存在にされかねないような気がします…

 

そんな考え方を持ってしまうのは世知辛い感じもしますが、

 

時代に合わせて生きないといけないのかなとも…

 

 

あ、でもここまでブログを書いてみて、

 

今日、気持ちが落ちた原因がわかった気がします。

 

それもやっぱりトラウマからだったのかも…

 

 

わたし、継母の不機嫌さを無意識のうちに拾っていたのかも知れません…

 

15年くらい前にふと気づいたことがあったんですが、

 

わたしは継母のクリアな笑顔を見たことがないなと思ったんです。

 

60代後半くらいの女性が家族のことやお孫さんのことを話されていて

 

ニコニコされてる笑顔がとても綺麗に見えたのです。

 

その時に、そんな笑顔の継母をみたことないな…って思えたんです…

 

継母は顔だちはどちらかというと綺麗な方だと思うのです。

 

でもね、継母の晴れやかな笑顔を見た記憶がないのです。

 

何時も困ったように、首を傾げてふにゃっと笑うていどで

 

愛情とか温かみのある笑顔を見たことがなかったのですよね…

 

最近思い出したのですが、

 

晩ご飯はいつも父が早く帰宅するようにしていたので、

 

ほとんど必ずといっていいほど毎日家族揃って夕飯を食べていました。

 

サザエさん一家みたいに…

 

でも、朝ごはんなんですが、いつも一人で食べていました。

 

それぞれ出かける時間がバラバラということもありましたが、

 

結局朝、継母とちゃんと顔を合わすこともなく出かけていたなと…

 

それが当時の生活としてはアタリマエだったのですが

 

継母はご飯作って並べたら、洗濯干しに行ったり、お外掃いたり…

 

きっと、わたしと顔を合わせることを避けていたんでしょうね

 

そして、わたし達が学校に行った後、

 

一人でゆっくりと座って朝ドラ見ながら朝ごはん食べてたんだろうな…

 

そっか、避けられることも辛かったんだ…

 

あぁ、なんかちょっとわかってきたような気がします。

 

わたしは顕在意識では、人に期待しないって割り切っているつもりなんですよ

 

でも、時々、無意識に人に依存しようとする時があるのですよ…

 

そういえば、今日もそんな傾向がありました。

 

それ、きっと、子どもの頃、継母に心を寄せてもらいたかったけど

 

そういう気持ちを拒絶されていると感じていたから…

 

でも、不安になった時に無意識にどこかに助けを求めたくなるんでしょうね…

 

そういえば、笑顔でいってらっしゃい^^なんて

 

言ってもらったことがなかったな…

 

朝ごはんはテーブルに、手作りのお弁当は玄関に置いてあって

 

ご飯食べて、お弁当はカバンに入れて出かけてた…

 

あぁ、わたし寂しかったんだ。

 

わぁ、そうだ寂しかたんだ、子どもの頃のわたし…

 

そして不安だったんだ…

 

でも、それって絶対口にだしていっちゃいけないことだったんですよ。

 

だってそれ言うと父が悲しむから…

 

そうだ、だから出口のない不安と寂しさを一人で取り込んでたんだ…

 

無意識の領域に…

 

 

わたしね、継母を責めてはいけないって思ってるんですよ。

 

それにそれほど憎いという気持ちもないと思うのです。

 

あるのは、哀しいとか空しい気持ち…

 

継母の心の中を多分ずっとみて、探してきたのかもしれないけれど

 

継母の心の中に他者に対する愛情を見つけられないんですよね…

 

それが、わたしじゃなくても兄達へとか父へとか

 

動物とか植物とか…

 

自分以外のものを想う気持ちが見つけられなかったんですよ…

 

それは、それで、そういう人なんだから、それは継母の罪ではないし…

 

それに、継母は家事をいつもしっかりとこなしていて

 

そこは手を抜くこともなくずっとやり続けていた人でした…一生懸命。

 

きっとすごくしんどかったんだと思うのですよ…

 

 

そして継母は母親という立場にとても拘っていた気がします。

 

でも、継母はわたし達と家族であるということは

 

どこか拒否していた様な、なんだかバリアがあったんですよ…

 

この話もずっと忘れることが出来なかったんですが

 

ワリと大きくなった時に継母と話をしていて

 

継母が家のお風呂の椅子には座らないって言ったんですね、

 

なんかそれがジワジワとショックだったんですよ…

 

家族なのにお風呂のイスを共有できないって言われて、

 

わたし達のことをどこか汚いって思われてるのかな…って…

 

そういう冷たい境界線のようなものが引かれてるのを感じて、ショックでした。

 

でも、子どもの頃にはただただその壁だけを感じてたんでしょうね…

 

だから、自分を嫌う人と一緒に過ごすことが必要以上に居心地が悪く、

 

そういう負の感情を撥ね返せなかったり、やり過ごせなかったのかもしれません…

 

 

また、すこしほどけたかな…?

 

今日はちょっと身の回りの空気感が不安?というのか不穏?というのか、

 

表面的にはなんでもないんですが、わたし的にそう感じていたから

 

気持ちが落ちて、人に対してもちょっと依存傾向な行動をしたことで

 

ヨケイに、気落ちしてたみたいです。

 

でも、ブログに書いてちょっと回復できました。

 

あ、読ん下さってる人にはわかんない文章かも知れませんが…(;^ω^)

 

スミマセン…

 

 

大人になって思ったんですが、

 

子どもの方がずっと我慢強いですよね…

 

子どもって逃げ場を上手く見つけられないから

 

負の感情を無意識の領域へ押し込めてしまうのですよね、きっと…

 

そして表面的には感じないようにしてしまう…

 

そしてなかったことや、忘れてしまったことにしてしまうのかもしれません…

 

 

ちょっとずつ、思い出した時に自分で自分を癒してあげていくといいのかも…

 

 

不機嫌てやっぱり健康に良くないですね…

 

 

でも、わたしも子ども達に不機嫌を見せてしまったことが多かったような気が…

 

ちゃんと謝らなきゃ…

 

ではでは、

 

おやすみなさいまし…

 

 

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