… 猫くんたちと のんびりまったり …                                              

母が亡くなって50年も経ってしまった…

 先日、何年かぶりで兄から電話がありました。

 

亡き母の50年の法事するけど…と…

 

おはこんばんちは、

 

ひなた まど。です…

 

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結局は、法事には思うこともあったりして参加しませんでした。

 

そのことは後日また…

 

でも先日一人でお寺にお参りには行ってきました。

 

寒い日だったので、途中からチラチラと小雪が降ってきましたが、

 

でも、独りで母を想うことが出来て、わたしは良かったと思っています…。

 

お墓は遠すぎて、とても日帰りではいけないので

 

子どもの頃から法事はお寺でしていました。

 

お盆以外はお寺にお参りするのが実家のならわしでした…

 

子どもの頃、長兄に小石の入った雪玉を投げつけられたのもこのお寺でした。

 

長兄にはよくいじめられましたが、それでもわたしは長兄が好きでした。

 

長兄ももうこの世にはいなくって

 

長兄が亡くなった時、次兄もわたしも

 

長兄がわたし達の分の厄までもって逝ってくれたのかなって話したりしました…

 

長兄は42歳という若さでしたから…

 

父が亡くなった2年後だったので、次兄もわたしもショックでした。

 

家族皆、寒い季節に逝ってしまうのですよね…

 

だからよけいに寒い季節はニガテです。

 

母が癌で入院している時、わたし達は時々父の車で母に会いに行きました。

 

まさか、母が亡くなってしまうなんて子どものわたし達は考えることもなく

 

わたし達は車の窓から手を出して

 

自分たちの手を冷たくして病院に行きました。

 

熱で熱い母に冷たい手で触ると母が気持ちがいいというから

 

わたし達は3人で競って車の後部座席の窓から手を出して手を冷たくして

 

病室に行くと、熱っぽい母の手や頬やおでこにあてて、

 

母が気持ちがいいというのが嬉しかったのです。

 

母の入院生活はそれほど長くもなく、ある日亡くなりました。

 

わたしたち子どもには知らされていなくて

 

それは、母が望んだ長兄の中学受験の日だったこともあり、

 

兄が試験に出かけた後、親戚の伯父や伯母達がやって来て

 

箪笥を運び、お葬式の用意がされました。

 

次兄は部屋の隅で泣いていて、

 

わたしには母の姉である伯母が言葉では言い表せずにただ抱きしめて泣いていました。

 

その伯母が電話で誰かに母の死を告げているのがなんとなく聞こえてきて

 

ただただ、味わったことのないような哀しい寂しい空気の中に居るという感じでした。

 

家に戻って来て布団に寝かされた母は動くこともなく

 

その辺りからの記憶があまりありません。

 

わたしは泣いたのかどうかも覚えていないのです。

 

お葬式の時に、コンクリートの自宅の駐車場に立つわたしと

 

家の前の道に並んで立っている先生と同級生たち…

 

その決定的な隔たりをただただ感じながら

 

わたしはただただ自分の足元を見つめていたような気がします…

 

お通夜もお葬式も、あまり記憶がありませんが、

 

白いお骨になってしまった母のことは

 

その後何度も思い出して、怖いというのか哀しいというのか…

 

何とも言えない気持ちになりました。

 

もし、母があの中で生き返ったとしたら…なんて考えたり…

 

子どもには死って、どう感じるのか…

 

実際に自分が親を亡くしたのに、ほとんどその頃の気持ちを思い出せないです…

 

 

その後初めて登校した時の事なんかも全然記憶がないです…

 

哀しいとか、淋しいとか…

 

不思議とその頃の記憶があまりありません…

 

どうやってわたしはその頃を過ごしたんだろ…

 

ほんとうにほとんど思い出せないんですよね…

 

子どもだったから案外ケロっと日常を生きていたのかも知れないし、

 

でも、時々死というものが怖く哀しくなってた?

 

でも、母の死をわたし達に自分で告げることも出来なった父の

 

精神的な落ち込みも辛かったのかもしれないですね…

 

父が鬱のように落ち込んでしまったこともあり

 

当時は家族みんながどうしようもない状態だったのかもしれません…

 

でも、そんな中でも母が望んでいたように長兄は国立の中学に合格したので

 

それはそれで現実に前に進まなければならないよいベクトルになったのかもしれません。

 

母の兄である田舎の伯父や

 

父の友人もとても喜んでくれてお祝いをして下さったそうで

 

それはそれで母の想いが少しでも叶ったのだから…

 

 

祖母がきてくれたこともありましたが、祖母もかなり年をとっていたし

 

田舎で暮らしていた祖母とわたし達とはなじみが薄かったので続かず、

 

市内に住みむいとこのお姉ちゃんがしばらく父を手伝いに来てくれてもいましたが

 

わたしはいとこのお姉ちゃんにもわがままばかりを言っていました。

 

それはよく覚えていて宿題とかみてもらってたのに

 

ちゃんとしなくって、

 

いとこのお姉ちゃんが代わりにノートに書いてくれたり…

 

ホントに我儘ばっかり言ってた気がします…

 

いとこのお姉ちゃんも二十歳そこそこで仕事もしていたから

 

きっとタイヘンだったと思うのですよ…

 

今から思うと…

 

謝らなきゃ、お礼言わなきゃいけなかったのに

 

そんないとこのお姉ちゃんも今はもう空の上の人になってしまっています…

 

 生きてるうちにちゃんと謝ればよかったのに…

 

母を亡くしたこと

 

そして、我儘な子どもであったこと

 

そのまま大人になっちゃったこと

 

そして母を忘れて生きてきてしまったこと…

 

母に対しては申し訳ないって思うことばかりでした…

 

 

もう、50年、半世紀も経ってしまった…

 

 

でもね、もう来し方よりもこれからの方が短い。

 

そう思うとちょっとホッとするのですよ、、、

 

今までの時間よりも、これから母に会えるまでの時間の方が短いのだから…

 

 

 

ああ、スミマセン、

 

書いてるうちにすっかり暗い文章になりました^^;

 

 

 

お寺に行くといつも少し悲しい気持ちになります。

 

子どもの頃には一緒に来た父や長兄ももういなくって

 

次兄とももうあまり会うこともなくなってしまって…

 

 

 

でも、今年はなぜかお寺にお参りした後に

 

いつもとは少し違う気持ちになりました。

 

もう、わたしが生きている時間も短いのだから

 

後はいろいろと考えすぎないで素直にシンプルに生きようと…

 

ただただ母を想って、死んだら会えると信じて生きようと思えてきました。

 

父や長兄とも…きっといつかまた会えると…

 

最近本当に気持ちが割り切れてきたというのか

 

モヤモヤが晴れてきたような気がします。

 

 

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今年はなぜかお寺を入ったすぐのところにこんなにきれいにお花がいけてありました。 

 

平日にお参りしたのでお寺の境内はあまり人けがなく

 

わたしはお線香の煙にいぶしてもらいながら

 

ゆっくりと手を合わせることが出来ました。

 

法事は法事で大事なんでしょうが、

 

結局、生きている人達の話になってしまって

 

亡くなった母の話などでないだろうなと思ったのです…

 

今年もわたしはひとりでゆっくりと母を想いながらお寺に向かい

 

ゆっくりとお参りして帰りました。

 

半世紀近く、継母に気兼ねをしていたら亡くなった母のことを話してくれる人も

 

もう、ほとんどいなくなってしまっていました…

 

それはそれで、まあ、義理は通せたのかもしれませんし、それはそれで…

 

でも、これからは、わたしはわたしなりの供養をしていきます。

 

誰にも気兼ねなく…

 

もう、いいですよね…半世紀も経ったんだから…

 

 

 

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