… 猫くんたちと のんびりまったり …                                              

家族に理想を求めすぎてた?

今週のお題「大切な人へ」

 

 2月22日は猫の日

 

毎月22日はスーパーでチュールが安くなってポイントも倍増されるので

 

ニャンニャンの日の22日は要チェック日だったんですが、

 

2月22日は年に一回の本格的な猫の日だったんですね…

 

この日も要要チェック日にすることにします!(`・ω・´)!

 

おはこんばんちは、

 

ひなた まど。です…

 

 

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ネコさんのカリカリをネットで頼まなければなりませんが、

 

今日がクレジットカードの締日。

 

来月引き落としにするか?再来月にするか?迷っているところですが、

 

2月は就業日が少ないので収入も減るから…

 

今までの金額と照らし合わせて、今日か明日かもう少し考えようと思います…

 

アレ?でも発注かけた日じゃなくて、配達完了日に引き落とされるんだっけ…?

 

じゃ、今日も明日も同じですね…(;´・ω・)

 

いや、前置き長すぎ…

 

そう、節分前にあった出来事で実家の家族のことも見直すことが出来ました。

 

わたしは末っ子ということもあり、家族に依存し過ぎていたのかもしれません。

 

父とはこんな人、

 

継母にはこんな人であって欲しい、

 

そして、兄にはこうあって欲しい…

 

と、どこか理想を求めていたのかもしれません…

 

それ、いい加減にヤメナハレってことに気づかせてもらえました^^

 

う~ん、、、

 

考えてみると亡くなった父がそういう風に頑張っていたようです。

 

母を亡くして、継母を迎えて、

 

父は父なりに家族を大切にするために生活を改めた気がします。

 

父は昭和の猛烈サラリーマン時代に生きながらも残業をしない人でした。

 

朝は7時前に車で出社、そして夕方の7時には家に戻り

 

毎日毎日家族で夕食を共にしていました。

 

まあエライっちゃ偉いけど、

 

案外、主婦の継母には息の詰まる生活だったかもしれませんよね…

 

自分が大人になったらそう思います、、、

 

母が亡くなって再婚してからの父はとにかく家庭的な父親でした。

 

いつも、家族仲良く、兄弟仲良くが口癖の人…

 

わたしはまたそれをそれなりに真面目に受けとめていたんですね…

 

でも、わたしは自分の結婚には失敗して(;^ω^) (長らく仮面夫婦でした…(^^; )

 

父は亡くなり、その2年後に42歳という若さで長兄も亡くなり…

 

当時わたしとしては継母にも気を配っていたつもりではいたのですが

 

その頃からなんだか次兄と継母の関係がギクシャクしてきたのです。

 

継母もまた次兄に父や長兄の分まで求めるものが多かったのかも知れません…

 

継母の次兄への愚痴が増え、わたしもちょっとウンザリ…

 

わたしとしては次兄の生活もタイヘンだから応援してあげて欲しかったんですけどね、

 

継母としては自分を大事にしてもらいたかったようです。

 

そして、のちにわたしの離婚で継母の発した言動から

 

わたしと継母はもう会うこともなくなり

 

今は次兄が継母をみているということになります。

 

で、昨日も書いてたように

 

父が亡くなり、兄が亡くなった時点でわたしたち家族は終わってたんですね…

 

それをつくづく感じました。

 

父が居たからこそ理想を思えたけれど

 

父が居ない今は継母は継母で認知症の世界の中で生き。

 

次兄は次兄で自分の家族を大切にしながら継母をみて。

 

わたしはわたしで一人で自分の貧乏生活と向き合おうと思います。

 

とはいっても、子ども達に助けてもらいながらですが…

 

結局、生まれ育った家族とのつながりは細くなっちゃったのです…

 

そしてこれから一番大切なのはやはり自分の子ども達。

 

そして、もう一人、

 

亡くなった母です。

 

継母が居るということで

 

亡くなった母の話を一切せずに父はまさしく墓場までもって逝っちゃいました。

 

兄達とも母の話をすることなく今まで来てしまいました。

 

長兄が亡くなる前に母の話をしておけばよかったとも思いますが、

 

長兄も遠く離れて暮らしていたので、癌が再発した時も

 

一度しかお見舞いに行かなかったんですよね…

 

当時わたしも子育てに忙しく、実質母子家庭だったので家を空けるのが難しく

 

それに継母がハッキリとしたことを言わない人なので

 

もうダメだと言われてから一度だけお見舞いに行きました。

 

兄は癌だったんですが、2度ほど手術をしては社会復帰をしていたので

 

その時も大丈夫だと信じていたかったんですよね…

 

もうダメだと言われてお見舞いに行った時に兄がわたしをなかなか帰さなかったので

 

そんなことなら今までももっと逢いに来ればよかった…と後悔しました。

 

お見舞いに行っても病気の愚痴を言うこともなく

 

たわいのない話をしたり、子ども達の話をしたりして

 

痛みを抑えるモルヒネを自分で時間の管理をシッカリとしながら服用していました。

 

兄の闘病生活は愚痴も不満もいうこともなく

 

義姉や看護婦さん達を困らせることもなく

 

黙々と痛みに耐えながら

 

淡々と最後まで医師を信頼して治療していました。

 

 その姿は本当に尊敬しかありませんでした。

 

兄自身も医療関係の研究職に就いていたので

 

自分の状況もよくわかっていたんだと思うんですよね…

 

わたしがお見舞いに行ったことで、

 

もしかしたら自分の残りの時間を感じてしまったかもしれません…

 

 でも、兄はお見舞いに行った次の日もわざわざ電話をかけてきてくれて

 

自分のことは心配しなくても大丈夫だからと…

 

長兄には子どもの頃にはいじめられたりもしましたが

 

でも、大人になったある時に

 

「俺、お前の性格いがめたよな…」なんて謝ってたし、

 

大きくなってからはベタベタした仲の良さはありませんでしたが

 

でも、わたしは長兄のことを嫌いになったことはやっぱりなかったです。

 

次兄のこともやはり今でも好きかな…

 

だから、次兄ともこのままの距離でいたいなと思うのですよね…

 

まぁ、なので、

 

家族とはアッサリと…

 

子ども達のことも大好きだけどやっぱりアッサリと…(笑)

 

うるさくまとわりつくような母親にはならないように…

 

でもでも、大切な人はやはり子ども達です…

 

そして、長い間封印されてきた母のことを想いながら生きてたいです。

 

今は、実のお母さんでも毒親という人もいますが、

 

わたしは亡くなった母のことはもうもう理想のお母さんなんですよ^^

 

とにかく大好きで大好きでしょうがないのです^^

 

それはそれでとても幸せなことかもしれません…

 

死んだら母に会えると信じてるし

 

それまでの時間は、今まで生きてきた長さよりもずっと短いので

 

楽しみに^^

 

楽しみにしながら残りの時間を生きようと思います^^

 

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 はてなブログのお絵描きソフト、

調子悪かったんですが直ってたから描いてみました^^

なかなか難しいけど、描いてるうちに少しは上手くなるかな???(笑)

 

お母さんの首にしがみついてるような時代がきっと一番幸せだったな…

 

 

 

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猫王子のように か弱いのに孤高な生き方がしてみたい~^^